うたをうたうのはわすれても by津田元
2020年1月31日。
気力のあるうちに手を動かしています。
今回も日本語の無伴奏合唱曲から1曲。
『岸田衿子の詩による無伴奏混声合唱曲集「うたをうたうのはわすれても」』より
「うたをうたうのはわすれても」
作曲:津田元 作詩:岸田衿子
Es durの和声を起点に、ゆったりとした3拍子で進行していく曲です。
語りかけるようでいて、自分の意思表明を淡々としているようにも思えるこの曲は
Es durからD durへの緩やかな転調もあるため、演奏難度が意外と高めです。
岸田が浅間山麓の自然を感じながら編んだテキストは何も断言はしないものの、
郷愁的な感覚に誘ってくれます(演奏に際しては掴み所のない印象となりやすい)。
楽譜を見てみると、2010年代~人気の作曲家とは大きく異なる点があります、
ダイナミクスの指示が詳細である一方、歌い方に対する指示は見受けられません。
アナリーゼをすると作曲者の意図した模範解答たる演奏になる、ということでしょう。
スラーを使用していない点からは、
古典的なアルシス・テーシスの流れや3拍子の進行に注意することで
フレーズがつながっていくとする意図も読み取れます。
演奏する際には、
「母音のニュアンス」「和声のニュアンス」に重点を置くべきでしょう[※1]。
- 母音のニュアンス
母音のニュアンスというのは、同じ/a/であっても
冒頭<う/た/を></わ/すれる>で口の開きやボリュームが変わるということです。
機械的に五母音<a・e・i・o・u>を統一するのではなく、
単語やセンテンス、フレーズに応じて母音の色が変わることで
聴いている人の琴線に触れるような音楽にすることができます。
ローテンポかつ四分・八分が大多数なので、放っておいても言葉は聞こえます。
しかし、美しい日本語として聴こえてこそ、伝わるものがあるというものです。
- 和声のニュアンス
和声のニュアンスとは、
♭系であればどっしりと荘厳な、♯系であれば空を仰ぐように高尚な
印象を与えることを第一に指します。
第二に、同じEs durでも前後のコンテクスト・和声展開に応じて
強弱バランスなど役割が異なることを指しています。
この曲ではEs dur-D durという単純な距離の近い転調があります。
和声転換の機微をどう感じさせるか、それが飽きのこない演奏につながります。
以上、「うたをうたうのはわすれても」の紹介でした。
同曲は全日本合唱コンクールの2020年課題曲G3として採用されています。
どこかの大会・演奏会で同曲の名演が聴けることを筆者自身楽しみにしています。
死役所 byあずみきし
2020年1月31日。
ここ2,3年でマンガを読む量が急増してます。
電子書籍の手軽さも勿論ですが、
Twitterを見るようになって興味深い作品に出会いやすくなったのが一番の影響です。
冒険譚よりもミステリーチックな作品や青春ストーリーが好きなので、
Kindleの本棚も意外と落ち着いたラインナップになっています。今回はこちら。
『死役所』
著者:あずみきし 出版:新潮社
https://www.amazon.co.jp/dp/B00O0FIDTG/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1
――――――――――
現世での生涯を終えた人々が自らの「死」について届け出る、シ役所。
自分の最期を受け入れ、一生を振り返って満足する者。
他人の理不尽に巻き込まれての最期を受け入れられない者。
シにたいという願望が叶ってから、もっと生きたかったと嘆く者。
彼らは天国に行くのか、地獄に行くのか、成仏できずさまよい続けるのだろうか。――――――――――
死後の手続きをする場所の職員が元・シ刑囚という舞台設定から凝っていますが、
主人公のシ村(シ役所総合案内係)が冤罪でシ刑判決を受けているというのも、
メタ的にありがちな運命性を越して活かされています。
オムニバス形式でストーリーが進むなかに伏線を配置しているので、
読みやすく構成され飽きにくい作品です。
シ役所の日常に見られる彼の人当たりの良さと、時おり表面化する鬼のような一面、
それらのカギとなるシ村の冤罪事件が主軸の物語として自立しながらも、
読者の心を上手く掻き立てるエピソードが散りばめられています。
「バカはシんでも治らない」と実際に(?)感じてストレスを与えてくる回、
大切な人を守るための行動がどうにも報われず涙腺を刺激される回、
単話で見ていくと極端なようにも感じますが、
1冊を終えた読後感は満足いくものとなります。
第15巻が2020年2月7日に発売予定です。
また、Amazon Prime会員の方はKindle版だと1,2巻を無料で読むことができます。
なお、2019年10月から同12月にかけて松岡昌宏主演で
ドラマ化(テレビ東京系)もされてましたので、ご縁のある方はそちらもぜひ。
光よ、そして緑よ by上田真樹
2020年1月31日。
ウォームアップとして日本語の男声合唱曲から1曲紹介します。
ローテンポでノスタルジックな前奏から始まり、
歌が入ってからは7連符や6連符での滑らかな進行を続けるピアノが印象的な曲です。
早稲田大学グリークラブが2011年の定期演奏会に際して委嘱した同組曲は、
グリー生の「恋の歌が歌いたいです!」という熱い想いを受けた上田が、
男くさくなり過ぎないように「彼女(=銀色)の詩で爽やかな、
それでいてちょっとほろ苦い恋の歌を書いてみたい」と銀色の詩に付曲しました
[上田2011]。
「光よ、そして緑よ」と歌い出すため本当に爽やかな印象を受ける同曲ですが、
恋の歌として聴くと中々に気恥ずかしいことを歌っています。
また、冒頭で書いたようにピアノは6連符や7連符で動き続けます。
歌とピアノのテンポ感を合わせる時は、
ピアノがon beatで弾く四分音符が基準になります。
この辺りの構図からも、
ピアノの作る甘い空間と、それに酔っている合唱という
「青春真っただ中」「恋は盲目」と言わんばかりの曲展開に見えてきます
(解釈には個人差があります)。
演奏する際に注意するとしたら、
自己陶酔にまみれるとピアノしか印象に残らない曲になってしまう点です。
もちろんスラーのついた滑らかな進行ではありますが、
歌い出しはGrandioso con spirito、弱声部はdolceといった表現指示のほか
スイッチポイントにはアクセントやmarcatoが施されています。
楽譜上のことに気をつけるだけで、十二分に説得力のある演奏ができます。
以上、「Ⅰ.光よ、そして緑」の紹介でした。